2016年5月15日日曜日

ポーランド研修(その12)

私のひとこま(3)

ポーランドの文化にも様々な場面で触れることができました。それぞれの関心から見つけたひとこまをご紹介します。


ワルシャワはショパンが半生を過ごした街ということで、街のあちこちにショパンの音楽が流れるベンチがあったり、公園にショパンの大きな銅像があったりと、ポーランドの人々はショパンの故郷ということをとても誇りに思っている感じがしました。

 私の一コマは、ワルシャワ市内のスターバックスで売っていたショパンの肖像入りのマグカップです。お土産としても世界中の人にショパンの故郷だというのを広めていて、とても印象的でした。私もお土産にこのマグカップを一つ買いました。

 そして、一番驚いたのは、ワルシャワ大学のキャンパスを案内してもらった時、キャンパス内にもショパンが昔住んでいた建物があると知ったことです。ショパンを身近に感じることができました。(2年 大橋 遙香)
 
 
ショパンが住んでいた建物にはこのようなプレートがあります。
写真の建物には1817-1827年に住んでいたそうです。


 
 私のポーランドでの楽しみのひとつが、ポーリッシュポタリーを見ることでした。ポーリッシュポタリーとはポーランドのお土産や現地の人にも人気のある食器の事です。ひとつひとつ職人によって手作りされていて、まったく同じものはなく、ひとつひとつに職人の思いがこもっているように感じました。スタンプのようなもので柄を付け、とても細かく繊細に作られています。
 
 食器の種類も様々で、マグカップから花瓶など多くの種類がお店に並んでいて、とてもかわいいものがたくさんありました。写真はワルシャワ市内のお土産さんにあったポーリッシュポタリーです。(3年 狩野 千穂)
 
 
 
 

私の一コマは、ワルシャワで購入したポーランド作家の本です。私はポーランドの小説に興味があったので、Matrasという本屋さんに足を運んでみました。ポーランドの本屋さんは、日本の本屋さんとは雰囲気も充満している本の匂いも全然違っていて、新鮮に感じました。そこで英語に訳されているポーランド作家の小説はないかと探したところ、スタニスワフ・レムの“The Star Diaries”という本を見つけ、購入することにしました。
 
実は、帰国してから、この“The Star Diaries”は『泰平ヨンの航星日記』というタイトルで日本語に翻訳されていることを知りました。でもせっかく買ってきたので、英語の勉強を兼ねて英訳を読んでいます。未だに読み終わっていませんが、日本語訳と比べながら読んでいると、言葉の意味のニュアンスの違いがあったりして面白いです。(1年 駒場 亮哉)
 
 
 
 
 
 



ポーランド研修(その11)

私のひとこま(2)

研修中の移動や市内見学には、路線バスや路面電車、地下鉄といった公共の交通機関を利用しました。どの乗り物にも同じ切符で乗れるという、日本とは異なる交通システムや、乗り物のデザインにも興味を引かれました。


停留所の近くにある券売機。クレジットカードも使えます。
 
 

 
 私はポーランドでは近代的なビルよりも旧市街のような古めかしい建物の方が多く、車もあまり走っていないというイメージを持っていました。が、実際に行ってみたら、ワルシャワ市内にはたくさんの駐車場があり、車がものすごく多いことに驚きました。

 車以外の交通機関では、バス・路面電車・地下鉄があります。1日券を買うと、15ズウォティ(日本円に換算すると約600円)でバス・路面電車・地下鉄のどれでも1日乗り放題になります。日本ではそれぞれ別の機関が運営していて、料金や切符などは別々になるのが当たり前なので、とても驚きました。

 

 また日本ではあまり路面電車を見かけないので、道路に電車が走っているという光景が不思議でした。バスは日本のバスよりも長く、中央部が蛇腹のようなものでつながっていてとても大きいです。(1年 田崎 一葉)












 

 ワルシャワ市内には、トラムと呼ばれる路面電車が走っています。トラムは、ワルシャワ市内を縦横に走っているので、市内観光にはうってつけだと思います。
 種類は旧型から新型まであり、私はこの研修中、三種類に乗ることができました。旧型車は、まるでアトラクションにあるかのようなレトロな形で、車内も同じような雰囲気だったので、たまらなくかっこよかったです。新型車は、部分低床の連接車なので、お年寄りに親切な設計になっていました。住民の声を形にした車両だと感動しました。

 

 
どのトラムも、それぞれいろんな味があり、車窓から見える景色もとてもよかったです。ワルシャワへ観光する機会があれば、ぜひ一度トラムを利用してみてはいかがでしょうか。(1年 幡野 晃平)
 

 




ポーランド研修(その9)

研修2週目(5)

ポーランドには、歴史を感じさせる場所、とりわけ戦争の傷跡が街の至るところに残っています。博物館や記念碑もたくさんあります。今回の研修では、ワルシャワ蜂起博物館とポーランド・ユダヤ史博物館を見学しました。


 
 2月22日、ワルシャワ蜂起博物館に見学に行きました。この博物館では、第2次世界大戦末期、ワルシャワの民衆がドイツ占領下に起こした組織的な抵抗運動が中心に取り上げられています。展示はすべてポーランド語でしたが、オーディオガイドを借りることができ、日本語の音声で説明を聞くことができました。数多くのブースがあり、ガイドもわかりやすいです。
 3Dで戦時中のポーランドの街並みを上空から見る体験ができます。これを見ると、ほとんどの建物が破壊されていて戦争の過酷さを感じさせるものでした。展示では映像や画像も多くあり、かなり残酷なものもありました。見るのは少し辛かったですが、ここまでひどい時代もあったことを受け止め伝えていかなければならないと思いました。(1年 加藤 明日香)




2月27日にはちょうどホテル前の広場で、シベリアで亡くなった人々の追悼式典が行われていました。



 

帰国前日の227日、ポーランド・ユダヤ史博物館を見学しました。ユダヤ人ゲットーがあったワルシャワのムラヌフ地区にあり、ゲットー蜂起70 周年にオープンした博物館です。私たちが宿泊したホテルはちょうどこの地区にあり、博物館は歩いて10分ほどのところにありました。
 
ユダヤ史博物館の前にあるワルシャワ・ゲットー蜂起の記念碑

 ここでは時系列に沿って10 世紀から現代までのムラヌフ地区や第2次界大戦中の状況について、またワルシャワ・ゲットーについて学ぶことができます。さらに、戦争に関することだけでなく、ポーランドのユダヤ人の文化や歴史についても多くの展示がありました。
 

展示法はどれもユニークなもので、タッチパネルや巻物、地図、動くパネル、音楽と連動した仕掛けなどがあり、飽きることなく学ぶということがテーマになっていました。実際、家族で見来る方たちも多く見かけました。最初から最後まで回るだけで2時間以上かかるのですが、私たちのガイドの方はとても熱心に説明してくださり、見学時間は2時間半を超えていました。戦争について、日本から見るのとは違う見方で多くのことを学ぶことができたと思います。(1年 田邊 浩史)
  

ポーランド研修(その10)

私のひとこま(1)

研修中の印象的な体験や目に留まった風景などを写真付きで紹介します。皆の一番の関心事はやはり食文化だったようです。




私は今回初めてポーランドに行きましたが、一番印象に残っているのは食べ物です。日本ではポーランド料理を食べたことがなかったので、とても新鮮な体験になりました。小学校を訪問した時、子どもたちはパンやお菓子などを休み時間に食べたりしていて、ポーランドでは家で朝ごはんをしっかり食べてこないのかと驚きました。
 
お昼は日本より遅めで量も多かったです。特徴的な食べ物はスープです。ポーランドでは具の多いスープを「食べる」ことが強く印象に残っています。またすっぱいものが多かったように思います。キャベツのピクルスやニンジンのピクルスが付け合せでよく出されました。パンも日本のものとは違い、ライ麦が使われているものが多く酸味を感じました。(1年 田邊 浩史)









私の一コマは、ワルシャワ市内で食べた「フラキ」という、日本でいうともつ煮込みの様なものを食べた事です。フラキはポーランド語で臓物という意味で、結婚式のご馳走などに出されたりするそうです。ハーブで肉の臭みが消され、鳥の(?)だしが効いていてとても美味しかったです。1年 西原 翔太)



 
 
 
 
 
 
 
 
 
今回の研修で気になった食べ物が一つありました。それは、ポーランド料理のピエロギという料理です。味はしょっぱい物から甘い物まで様々あり、見かけは日本の餃子とよく似ています。
 
私はその中でもイチゴとブルーベリーのジャムが入ったピエロギに挑戦してみました。周りの白い物はサワークリームです。甘い食べ物を食事のメインとして食べるのは少し抵抗がありましたが、酸味があって食べやすく、とても美味しかったです。また機会があれば是非食べたいです。(1年 境 朋美




 
 ポーランド語の授業で教えてもらって、どうしても食べてみたかったもの、それはポンチキです。ワルシャワでは、美味しいと評判のお店に行き、出来たてのポンチキを買うことができました!

ポンチキは簡単に言うと、ドーナッツのようなものです。中にはバラのジャムが入っています。甘くて、外がカリカリしており、中はもちもちしていてとてもおいしかったです。実際に食べてみて、日本人の口にも合うなと思いました。日本ではあまり食べられないので、今回食べることができてよかったです。またポーランドに行けたら、食べにいきたいと思います。(1年 及川 紗采)






ポーランドのホットチョコレートがおいしいと聞いていました。なかなか飲める機会がなかったのですが、週末旅行でクラクフに行く途中、立ち寄ったパーキングエリアで飲んだホットチョコレートがとてもおいしかったです。大きなカップにこぼれそうなくらいたっぷり入っていて、雰囲気もいいお店で、その日は雪がぱらつくほど寒かったのですが、とても温まりました。全然濃くなく、飲みやすい甘さでした。量もちょうどよく、ココアとはまた違った甘さでおいしかったです。研修中はワルシャワ市内で飲む機会はありましたが、わたしのなかではあのパーキングエリアのホットチョコレートが一番おいしかったです。(1年 加藤 明日香)




帰国前日、ワルシャワの旧市街「スタレ・ミャスト」へ散策に行きました。この地は第2次世界大戦後に焼け野原だったところを、市民が可能な限り戦前と同じに再建しようとしたそうです。それが世界遺産となっています。私たちが泊まったホテルからも近く、バスで10分くらいで行けました。この写真はそこでの一枚で、近くで買ったポーランドの「マコーヴィエツ」というケシの実をたっぷり使ったお菓子を食べているところです。

3日目の雨の日に行ったときとは雰囲気が全く違い、馬車が街を走っていたり、大道芸人が大きなシャボン玉で街を盛り上げていたり、大きなオルゴールで音楽をながしていたり、一段と賑わっていました。また、昼食もここで食べました。ポーランド料理のコトレトというポークカツを頼みましたが、ボリュームがあって、さらにベイクドポテトも添えられていて、なのにお値段はなんと約700800円程でした。ポーランドの物価は基本的にとても安くて、とても住みやすかったです。(3年 佐藤 美月)


 

2016年5月12日木曜日

ポーランド研修(その8)

研修2週目(4)

2月26日、ワルシャワ大学日本学科を訪問し、合同授業を行いました。ワルシャワ大学は本学の海外姉妹校の一つで、日本学科からは毎年のように留学生を迎えています。合同授業の後は、一緒に食事をしたり、ワルシャワの街を案内してもらったりして、学生同士の交流を深めました。


 
 
 

ワルシャワ大学では、日本学科の3年生と交流し、合同授業を行いました。お互い日本語でのプレゼンテーションをし、ポーランドと日本についての理解を深め合いました。
 
次に、3つのグループに分かれ、それぞれ「学生生活」「男性と女性の違い」「“イケメン”“カワイイ”のイメージ」というテーマでディスカッションをしました。日本学科の学生にとっては「インタビュー・プロジェクト」という授業の一環とのことで、私たち日本人学生へのインタビューで聴きとった内容をもとに、後日プレゼンを行うのだそうです。

その後の昼食会では、ポーランド料理のレストランへ行き、伝統料理を教わったり、お互いの国の大学生活について話したりしました。この交流会では、私たちと同年代のポーランド人の生活や流行りのものなど生の声を聞くことができ、貴重な経験をすることが出来たと思います。             (1年 境 朋美
 

 
 
日本とポーランドでは距離もあり、文化の違いもたくさんあります。ポーランドの人たちが日本をどのように見ているのか。とても興味がありましたし、少し不安でもありました。
 
私たち日本の学生がポーランドの小学校を訪れ、日本の文化を紹介したところ、ポーランドの小学生は、日本について知らない事が多かったように思います。しかし、かるたやけん玉など、私たちが説明するとすぐにうちとけて一緒に遊ぶ事が出来ました。ポーランドの人たちも私たちと同じように文化の違いを感じているのだと思いました。
 
大学での交流では、日本が好きだと言ってくれた人たちもたくさんいました。中でも日本の漫画やアニメを好んでいる人が多く、日本のそのような分野が高く評価されていることを改めて感じ嬉しく思いました。(2年 荒川 実紀)

 

 


ポーランド研修(その7)

研修2週目(3)

2月25日、「ヤヌシュ・コルチャック」記念第146小学校を訪問しました。ヤヌシュ・コルチャックは教育者で小児科医、児童文学作家でもあった人です。ナチス・ドイツ軍によって子どもたちとともにトレブリンカ強制収容所に送られ、最後までその生涯を子どもたちにささげました。校内にはコルチャックについての展示がなされていました。前日の交流活動では、英語を母語としない者同士が英語でコミュニケーションをとることの難しさを改めて感じました。グループのメンバーで夜遅くまで反省点を話し合い、通じにくかったところを修正して、2日目にのぞみました。





  225日、「ヤヌシュ・コルチャック記念第146小学校」へ行き、日本文化の紹介を通して子どもたちと交流しました。

 前日に行った小学校では、予想以上に英語が伝わりませんでした。説明に戸惑ったり、プレゼンテーションを映すスクリーンがなかったりと、ハプニングがたくさんあったため、それを改善するべく、グループのみんなと話し合いました。そして、英語をもっとかみ砕いて話をする、全員で歌う「ぞうさん」の歌詞を万一スクリーンが使えなかった時のために休み時間の間に板書しておくといった工夫をして、授業をやり切ることができました。さらに、かるたやけん玉遊びなどの日本の遊びの実演もとても盛り上がり、子どもたちがすごく楽しんでくれて、私たちも嬉しかったです。

今まで実際に子どもたちに日本の文化や遊びを教えるという機会はなかったのですが、今回の経験を通して、子どもたちに何か新しいことを教えるのはとても難しいことだと実感しました。ですが、言葉は通じなくてもお互いものすごく楽しむことが出来たので、コミュニケーションを取ることはとても大事なことだと改めて分りました。(2年 大橋 遙香)
 
 
 


 今回のポーランド研修で、私たちは「モンテ・カッシーノの英雄」記念第70小学校、ヤヌシュ・コルチャック記念第146小学校という2つの小学校を訪問して、ポーランドの小学生たちと交流しました。私たちのグループは、日本語での挨拶、漢字のクイズ、習字を担当しました。彼らはとても元気で活発でしたので、日本の文化を教えながら楽しく交流することができました。
 
 9歳ぐらいの小さな子どもたちと交流するのはとても楽しく、彼らの笑顔にすごく元気をもらうことができました。この交流をきっかけに、語学力を向上させたいと思う意欲もさらに高まりました。交流の時間はとても少なかったですが、別れを惜しんで泣いてくれた小学生もいたので、良い交流ができたのではないかと感じました。このような出会い、経験をこの先も大切にしていきたいです。(1年 前 幸希)





 小学校を訪問した時、休み時間に廊下で遊んでいたら、どんどん他のクラスからも子どもたちが集まってきて、すごい人数になりました。ポーランドではやはり日本人は珍しいのだと感じました。
 
 休み時間中は廊下を走り回ったり、物を投げ合ったりしていたのですが、チャイムが鳴ったとたんにそれぞれの教室に戻っていったのを見て、気持ちの切り替えが早いなと思いました。子どもたちに「また来てね」と言われた時は、とても嬉しかったです。(1年 富樫 大志)


ポーランド研修(その6)

研修2週目(2)

研修2週目はワルシャワの小学校と大学を訪問し、ポーランドの子どもたちや同世代の学生たちと交流しました。このプログラムではいよいよ日本語、英語、ポーランド語という3つの言語でのコミュニケーションに挑戦します。小学校での交流初日の2月24日は、少々緊張した面持ちで訪問先の「モンテカッシーノの英雄」記念第70小学校に向かいました。モンテカッシーノとは第2次世界大戦中のイタリア戦線の激戦地で、連合国軍の兵士として参戦した多数のポーランド人が戦死した場所です。ポーランドの小学校はこのように、歴史的な出来事や人物の名前が冠せられています。






 224日、「モンテカッシーノの英雄」記念第70小学校を訪問しました。ポーランドの子どもたちとの初めての交流会です。日本語での挨拶の仕方や日本のお正月を紹介したり、筆ペンでお習字をしたり、けん玉やカルタといった日本の子どもの遊びを一緒にやりました。
 
 私たち学生一人一人がポーランド語と日本語で挨拶をしたり、グループに分かれて字を書いて見せたりしているうちに、最初は恥ずかしそうにしていた子どもたちもだんだんと積極的に参加してくれるようになりました。最後のカルタでは、みんな打ち解けて交流できていました。
 私は日本のお正月と日本の子どもの遊びの部分を担当したのですが、みんなが興奮している中でまとめるのは大変でした。また、英語があまり伝わらなかった事に苦戦はしましたが、先生のサポートで最後までやりきることができました。最後に子どもたちが歌と絵をプレゼントしてくれた時は、大変でしたが今まで準備してきて本当に良かったなと思いました。 (3年 佐藤 美月
 
 
 

 私たちは今回の研修で2つの小学校を訪れ、日本の文化を紹介し、交流する機会を設けていただきました。どちらの小学校も8歳~9歳の子どもたちとの交流でした。
 
 日本の8歳~9歳の子どもたちは、知らない人たちにはあまり積極的ではなく、控えめな印象があったので、ポーランドの子どもたちはどんな雰囲気なのか心配でした。しかし、子どもたちはとても元気いっぱいで、私たちの紹介することや私たち自身にも興味を持ってくれました。おかげで交流活動をスムーズに進めることが出来ました。また、子どもたちの中には「こんにちは」という日本語の挨拶を知っている子もいてとても驚きました。
 
 ポーランドの小学校では、昼食以外に休み時間にヨーグルトなどの軽食を食べてもいいそうで、日本ではないことだったのでとても印象に残っています。今回は簡単な英語を使っての交流でしたが、日本の小学生は分からないだろうと思われる単語などを理解してくれたので、ポーランドの小学生の英語教育は日本より進んでいるのだなと実感しました。交流活動の最後には歌や絵のプレゼントをしてくれて、とても充実した交流会だったと思います。(1年 田崎 一葉)                         

 
 
 
 私は今回のポーランド研修に、今まで2年間学んできた自分のポーランド語がどのくらい通じるのかを確かめるとともに、さらにポーランド語の学習に励むことを目標に掲げて参加しました。
 
 現地では、特に若い世代は英語を話せる人が多く、ポーランド語を完璧に話せなくても生活できるのではないかと感じました。ですが、小さな子どもや年配の方とのコミュニケーションはポーランド語でないと難しいと感じました。ポーランドの歴史を肌で感じるには年配の方と話すことが一番だと思いましたし、子どもたちとコミュニケーションがとれればもっとポーランドの家庭や教育方法などを知ることができるのではないかと思いました。
 
 小学校訪問では、ポーランド語を話すと子どもたちがとても喜んでくれ、ポーランド語がもっと話せたら相手の理解も深くなるという感触を得ました。まだまだ学び足りないポーランド語をこれからもしっかりと勉強していこうと思いました。  (2年 狩野 千穂)
 



  ポーランドでは、旧市街や博物館などの観光地エリアでは英語が問題なく通じると感じましたが、ワルシャワのホテル付近やスーパーでは英語が全く通じなくて少し驚きました。またポーランドの若い世代の人達は英語を流暢に話している印象でした。しかし、中年世代以降の方々はあまり話せないようでした。私が街で道に迷ったとき、現地の人に英語で聞 いたのですが、やはり若い世代の人達の方が片言でなく文章で答えてくれた印象がありました。   (1年 富樫 大志)
 
 
 
 
 
 
 

 

ポーランド研修(その5)

研修2週目(1)

2月23日、ショパン像で知られるワジェンキ公園を見学しました。18世紀後半、時の国王スタニスワフ・アウグスト・ポニャトフスキが造らせたもので、国王の夏の離宮があります。夏の間は毎日曜日、ショパン像のそばに置かれるピアノで野外コンサートが開かれ、大勢の人々で賑わいます。2月は冬枯れの少々寂しい風景ですが、ワルシャワ大学の学芸員の方の案内で歴史に思いをはせながら、広大な園内を散策しました。



 

ワジェンキ公園は街中にありますが、あまりの広さに、まるで森の中を歩いているように感じました。ワルシャワ市民の自然に対する愛を感じました。                     
 

 

公園内には、野生のリスや鳥類が生息しています。このリスは日本で見かけるリスよりかなり大きいのですが、とても素早く走り回るので、写真に収めるのに苦労しました。そして、驚いたことに、なんとクジャクが放し飼いにされていました。ハトやカモなら見慣れているので驚きませんが、クジャクが歩き回っているのを見たときは一瞬、目を疑いました。

 
 
 
さらに、ここにはワジェンキ水上宮殿という建造物があります。この中には、18世紀当時の芸術品や家具などがあります。写真の白い建物が水上宮殿です。とてもきれいで当時の貴族の生活風景を感じられました。

宮殿内を散策しているとき、ふと窓の向こうを見ると、一羽のクジャクがこちらを覗いていました。可愛いかったので、思わず写真を撮ってしまいました。

1年 幡野 晃平)
 
 
 
 
 

2016年5月11日水曜日

ポーランド研修(その4)

週末小旅行(2)

週末小旅行2日目の2月21日、アウシュヴィッツ強制収容所を訪れました。この研修に参加した学生のほとんどが、もっとも印象に残った場所として挙げています。ここで見たものすべてに、これまで受けたことのない大きな衝撃を受けました。



週末小旅行の2日目、私たちはアウシュヴィッツ強制収容所を見学しました。アウシュヴィッツ強制収容所は、ポーランドの世界遺産の一つです。また、第2次世界大戦時にドイツが実施したホロコーストの象徴ともいわれ、最大級の犠牲者が出た強制収容所です。

収容所を見学する前に厳重な持ち物検査があり、特別な場所なのだと感じました。案内役を務めてくれた人の説明では、労働力にならない女性、子供、老人などは収容所に入る前の選別の段階でガス室に送られ、殺されてしまったそうです。また、ユダヤ人だけでなく、「一般犯罪者」「同性愛者」なども強制収容所に送られていたことなども初めて知りました。

収容所では実際に人を殺したガス室や、脱走者が出た場合、連帯責任でその脱走者の人数×10の人が銃殺されるために立たされた「死の壁」を見ました。他にも2トンもの収容者たちの髪の毛が積み上げられているところや、収容される前に取り上げられた大きく名前が書かれたバックや靴の展示も見学しました。亡くなった人達の顔写真と収容月日などを見ると、亡くなった方のほとんどが1か月前後で亡くなっていました。見学中、わたしはどこか、人間性が限りなく欠如した世界の一部を見せつけられた気がしました。       (1年 駒場 亮哉)
 
 
 

 私は“Life is Beautiful”という映画を見たときに、こんな酷いことが本当にこの同じ世界で起きたのかと衝撃を受けました。そういう酷いことが行われたアウシュヴィッツに足を運ぶことができたことは、私にとってとても大きなものになりました。収容所に入れられてしまった人の所有物や髪の毛を目の当たりにし、大量虐殺が行われたガス室に実際に入って、どんな気持ちで最期を迎えたのだろう、など考えることがたくさんありました。生きることとは、世界平和とはなんなのだろうと思いました。知りたくないことかもしれませんが、たくさんの人に知ってほしい、訪れてほしい場所だと思いました。           (1年 今原 達生)


 
 私がポーランド研修で一番興味を持っていた場所はアウシュヴィッツ強制収容所でした。実際に、その場所は私の想像を絶するほどの過去の痛々しい痕跡が残されていました。収容されていた人の写真や当時使われていた衣類やカバン、小物などが今も残されています。私が一番驚いたのは、収容者の髪の毛が展示してあったことです。当時は髪の毛から衣類や毛布を作っていたそうです。収容所に入れられた人々は皆、髪の毛を刈り上げられていました。アウシュヴィッツ強制収容所を見学して多くのことを学び、大きな衝撃を受けました。ここでの経験はこの先も絶対に忘れられないと思います。 (1年 前 幸希)
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 



ポーランド研修(その3)

週末小旅行(1)

大学での講義や交流活動のない週末、2月20日~21日には、クラクフ方面へ1泊旅行に出かけました。クラクフは、17世紀初頭に現在の首都ワルシャワに遷都されるまでポーランドの首都だった古都です。近郊にある2つの世界遺産、ヴィエリチカ岩塩坑、アウシュヴィッツ強制収容所も見学しました。


週末のクラクフ見学の際に、アウシュヴィッツ強制収容所と併せてヴィエリチカ岩塩抗へ行きました。ここは現在、採掘作業は行われていませんが、13世紀から約700年にわたって岩塩の採掘がおこなわれていたところです。ヨーロッパ最古の採掘場として1978年、ユネスコの世界遺産として登録されました。
 地下100メートル以上の場所へ小さなエレベーターを使って降り、3キロほどある見学ルートをガイドの方とともに1時間以上かけてゆっくりと進みました。当時の様子が再現されており、当時採掘場で働いていた方が手造りした岩塩で彫刻された銅像をところどころ見かけることが出来ました。見学ルートのメインともいえる聖堂は、壁や地面、階段はもちろん、祭壇や、聖母マリアの銅像、最後の晩餐の彫刻、シャンデリアがすべて岩塩で作られており、当時の採掘場で働いていた作業員たちの器用さや、繊細な作業をしていたんだということを感じることが出来ました。          (3年 後藤 遥)                                       
                                  




今回の研修の中で一番印象に残っているのはクラクフに行った時の事です。私は以前から建築について興味があり、ヨーロッパの建築を一度は見たいと考えていました。その為、初めて街並みを見た時は興奮を感じました。クラクフの道路は石で造られており、建物は様々な様式の物が混在しており、まるで中世にいる様な気分にさせられました。初めての研修参加で不安でしたが、周りのメンバーに支えられ、いい研修にする事が出来ました。1年 西原 翔太